2025年に入ってから、投資市場は大きな動きを見せています。特に株式市場の変動により、短期的な投資に注目が集まっていますが、このような相場環境では、リスク判断の重要性がこれまで以上に高まっています。
なぜ私たちは、危険だとわかっていても過度なリスクを取ってしまうのでしょうか?投資やトレードの世界では、冷静な判断が求められる一方で、感情や思い込みにより非合理な行動をしてしまうことも少なくありません。
そこで今回は、人間の心理的特性とリスク判断のメカニズムについて、大阪大学の中井宏先生にお話を伺いました。日常における”不安全行動”の背景を通じて、投資判断においても見られる心理的な罠や偏りについて詳しく解説していただきました。この記事を読むことで、リスクを正しく捉えるための心理的ヒントを得ることができ、投資判断の精度向上にもつながるはずです。

中井 宏
大阪大学大学院 人間科学研究科 准教授
交通心理学、安全教育学、人間工学が専門。交通安全や学校安全に関する心理学的研究を中心に、特に社会の安全に寄与しうる研究を進めている。どちらかと言うと、運転中にイライラしやすいタイプで、交差点での右折待ち中、信号の変わり目に強引に直進してくる対向車が大嫌い。イライラを「あおり運転」に繋げないための秘訣は、「俺は交通安全の専門家だ」と言い聞かせること!
なぜ人は危険を冒してしまうのか?「リスクテイキング」の心理

中井先生、日常生活では、例えば”スマホを見ながら歩く”とか、”黄色信号で無理に渡る”といった、危険だとわかっていてもしてしまう行動が多く見られます。なぜ人はこうした”不安全行動”をとってしまうのでしょうか?



危険があると分かっていながら、あえてその危険を取る行動は「リスクテイキング」と呼ばれます。リスクテイキングが生じる心理的な過程としては、リスクを過小評価すること、またリスクを冒すことで得られる利益を過大評価することが挙げられます。



なるほど。なぜこのような行動心理に陥ってしますのでしょうか?



人間は、目の前にある即時的な利益に弱い傾向があります。たとえば、スマホを見ながら歩くことで「情報が手に入る」「暇がまぎれる」といった短期的な満足感が得られます。大した利益ではないですが、その満足感を大きく見積もるのです。一方で、「事故に遭う」といったリスクは将来の可能性にすぎず、しかも確率は高くないとリスクは過小評価されることが多いのです。さらに、過去に同じ行動をしても問題が起きなかった経験が、「今回も大丈夫だろう」という油断を生みます。これは「正常性バイアス」と呼ばれる心理メカニズムです。
「楽観バイアス」は進化の結果?その心理的メカニズム



事故や失敗のリスクを低く見積もる”楽観バイアス”のような心理があると聞きます。こうした心理はどこから来るのでしょうか?また、誰にでも当てはまるものなのでしょうか?



楽観バイアス(自分だけは大丈夫だと思いやすい傾向)は、人類が進化の過程で獲得したとも言われます。常に最悪を想定して行動を控えていたら、生存や繁殖の機会を逃してしまうためです。ある程度の楽観がなければ、新しい挑戦や集団行動も難しかったでしょう。また、常にリスクばかりを考えていると、精神的健康(メンタルヘルス)にも悪影響を及ぼすおそれがあります。



楽観バイアスにも個人差はありますか?



その人の性格特性や、育ってきた環境・文化の影響もあります。例えば、安全第一を徹底する文化では楽観バイアスは弱まりやすいかもしれません。
リスクを好む人と避ける人:性格vs環境の影響



リスクを好む人と避ける人がいますが、これは生まれつきの性格なのでしょうか?それとも環境や経験が影響しているのですか?



生まれつきの傾向と、育った環境や経験の両方が影響していると考えられます。以前、保育園(認定こども園を含む)でのケガについて性差を分析したところ、0歳児でも男児の方が女児よりも負傷リスクが高いことが分かりました。これは、生得的な性格傾向がリスク選好に影響している可能性を示唆します。ただし、生まれた後の経験、文化、家族の教育方針も影響するでしょう。例えば、子どもの頃に「挑戦しても失敗を責められない環境」だった人は、リスクを取ることにポジティブなイメージを持ちやすくなると考えられます。



なるほど。人育った環境などにかなり影響を受けるのですね。



なお、ポジティブな感情状態だとリスク志向性が増すという研究もあることから、同じ人でも状況によってリスクを取るのか避けるのかが異なることもあります。
投資に活かす心理学:正しいリスク判断のために



これらの心理的傾向は、投資やトレードにおいても見られるものでしょうか?また、こうした心理のクセをどのように活かせば良いでしょうか?



まさに投資の世界でも同じ心理が働きます。例えば、短期的な利益(即時的な満足)を優先してしまい、長期的なリスクを軽視してしまうことがあります。また、過去の投資成功体験から「今回も大丈夫」という楽観バイアスに陥ることもあります。投資判断を狂わせないためには、まず自分の心理的な癖を認識することが重要です。「自分は楽観的になりすぎていないか」「短期的な利益に惑わされていないか」といった自問自答が必要です。そして、感情的な判断ではなく、データや事実に基づいた冷静な分析を心がけることが大切です。



投資家が陥りやすい心理的な罠を避けるための具体的なアドバイスをいただけますか?



まず、投資の前に明確なルールや基準を設定しておくことが重要です。感情に流されやすい状況では、事前に決めたルールに従うことで冷静な判断を保ちやすくなります。また、自分のリスク許容度を正しく把握し、それを超える投資は避けるべきです。さらに重要なのは、分散投資や適切なポジションサイズ管理です。これにより、単一銘柄や単一取引での失敗が全体に与える影響を最小限に抑えることができます。心理的に大きなダメージを受けない範囲でリスクを取ることで、長期的な投資活動を継続しやすくなります。
まとめ:心理を理解してリスクを正しく評価する
今回のインタビューでは、大阪大学の中井宏先生に、人間の心理傾向とリスク判断について詳しく解説していただきました。
私たちは進化の過程で獲得した楽観バイアスや正常性バイアスの影響を受け、リスクを過小評価したり、即時的な利益を過大評価したりする傾向があります。
投資においても、これらの心理的メカニズムは同様に作用します。短期的な利益に惑わされたり、過去の成功体験から来る過信に陥ったりすることなく、常に冷静な視点でリスクを評価することが重要です。
自分の心理的傾向を認識し、事前のルール設定や分散投資などの手法を用いることで、より合理的な投資判断を行うことができるでしょう。
リスクを正しく理解し、それを適切に管理することが、長期的な資産形成には不可欠です。
なお、本記事は投資助言ではありません。投資はご自身の判断と責任で行うようお願いいたします。